海竜伝説(物語）

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　原作：　夕月　馨

  昔々のお話です。
深い深い海の底で小さな竜の赤ちゃんが卵を割って飛び出しました。
そして広い海をスイスイとどこまでも泳いで行きました。　
 
　竜の赤ちゃんはタツノオトシゴ幼稚園でしばらく遊んでいました。
けれどもすぐに大きくなってしまい、仲間のタツノオトシゴたちは怖いと言ってみんな逃げ出してしまいました。

   ひとりぼっちになった竜の子は、ふるさとを離れて旅に出ました。
ある日、サメに追いかけられて大あわて！
必死で逃げていきました。
あわてて泳いで行くうちにあらら大変！
岩にぶつかってケガをしてしまいた。
「痛いよ〜　痛いよ〜」と泣きながら荒波の打ち寄せる磯に辿り着きました。
　
　漁師の息子の弥助どんは磯で遊んでいました。
とある岩の陰に何やら見慣れないものが・・・？
「おやぁ？これは何だ？
 タツノオトシゴにしては大きいなぁ？
 どれどれ・・・怪我をしているみたいだな」

   弥助どんは薬草を採ってくると竜の子に塗ってやりました。
それから流されないようにと岩で囲いを作って竜の子を入れました。
弥助どんはせっせと食べ物を運んでやり、竜の子はどんどん大きくなっていきました。
すっかり大きくなった竜の子の背中に乗って、弥助どんは毎日海で遊んでいました。
けれどもどんどん大きくなる竜を見て、村の子どもたちは怖いと逃げ出します。
それを知った竜は、助けてくれたお礼にとウロコを１枚、弥助どんに渡し、海へと帰っていきました。
             
   竜のウロコは魔法のウロコ。船乗りたちのお守りです。
大人になった弥助どんは立派な漁師になりました。
竜のウロコのおかげか大きな事故にも遭わず、魚もたくさん捕れました。
器量よしのお嫁さんをもらい、かわいい子どもたちにも恵まれ、やがて年老いて天国へと旅立ちました。

   弥助どんを見守っていた竜は寂しくなって深い深い海に潜り、永い眠りにつきました。
 
 　竜が眠っている間に世界はどんどん変わっていきます。
陸には電車が走り、空には飛行機が、そしてついにはロケットも。
暮らしは便利になりました。人の数も増えました。
けれど争いも増えました。

   国と国との戦争が起こり、恐ろしい武器や兵器も出てきました。
街が焼かれ、森が焼かれ、動物たちも怪我をしたり死んでしまったり。
人間たちが出すゴミや汚い水で、空気が汚れ、川や海も汚れていきました。
緑豊かな大地は切り開かれて家が建ち並びました。
たくさんの人間を養うために牛や羊が放牧され、草地が消えた跡は砂漠が広がりました。
都会の空はくすみ、星も少ししか見えません。

     海竜は深い海の岩の穴でぐっすりと眠っていました。
 海草がゆらら揺れて子守唄を歌います。
 鮟鱇（あんこう）の灯す提灯が時々そっと通り過ぎて、闇を仄かに照らします。
 
 　ある日、空の彼方から光が降りて来ました。
 光は竜の躰を包み込み、夢の中で呼びかけました。
 「宇宙に希（まれ）な美しい命あふれるこの星をしっかり守っていきなさい」

   竜はふと目を覚ましました。
 何だか息苦しい。おかしな匂いもする。
 触覚がピリピリ・・・危険信号だ！
 海の水は汚れ、漏れだした放射能がどこからか・・・

   海上に出て見れば、空気は重く、日射しは驚くほど強い。
 空に昇れば天空には大きな穴が・・・
 その穴から目に見えない悪魔たちが次々と降りてきます。
「誰だ！海を汚したのは！
 誰だ！空に穴を開けたのは！」
 怒った竜は大暴れ。

 
 　海はゴウゴウ大嵐。稲妻、雷、ピカ　ドドーーン！
 地面はグラグラ揺れだしました。
 
   暴れる竜に向かっていっても、船は砕かれ、飛行機は落とされ、
 どうにも手のつけようがありません。
 このままでは大きな被害が出てしまいます。
　暴れる竜を前に偉い人たちも頭を抱えてしまいました。
　　　　　　　　　　
   その時、どこからか一人の少年が現れて言いました。
 「竜はね、地球が汚れてしまったので怒っているんだよ。
このままでは壊れてしまうからって。
きれいな地球に戻すって約束してくれるなら、僕が竜を鎮めるよ。」
半信半疑の大人たち。
けれどほかに打つ手がありません。
急いで連絡が取られ、とにかくその少年に任せることになりました。
少年は首から下げていた布の袋から大きなウロコを取りだし、高く掲げました。

   すると−−−ウロコは強い光を放ち、竜の動きが止まりました。
少年は目を閉じ、じっと立ちつくしています。
まるで竜と話すかのように・・・
しばらくすると竜は静かに海の中へと帰っていきました。

  深い深い海の底に今も竜は棲んでいるのです。
竜の耳に届くのは遠い波の音でしょうか？
それとも美しい音楽でしょうか？

　厚い雲の裏側で竜は地球の行方を見つめているのです。　
そこに映るのは美しい地球の姿でしょうか？
それとも汚れきり、争いの絶えない地球の姿でしょうか？　　　
夜空に輝く星の中に、竜の瞳はあるのです。
ずっと地球を見守って。


   まわりを見てみましょう。
海や川はきれいですか？
道路や野山は汚れていませんか？
お友達と仲良くしていますか？
優しい気持ちでいましょう。
人にも動物にも自然にも。
竜が再び暴れ出すことのないように・・・
それは私たちの毎日にかかっているのです。
深い深い海の底で今も竜は地球を守っているのです。

　　　　おしまい

09.07.14　Ｂ案に決定